11/6/10の日記(含む宝塚星組東京公演)
●6/10(金)
昼は劇場で作ったおにぎりと鶏唐揚げ。
宝塚星組「ノバ・ボサ・ノバ」「めぐり会いはふたたび」。
一言で言うと、ここ数年の宝塚大劇場公演の中で最大に見る価値のある公演、見てありがたいと思える公演。自分が甘くなったのか年を取ったのか分からないが、ノバ・ボサ~終了後号泣しそうになるほどの素晴らしさ(20年以上見ていてそのような気持ちになった記憶はほとんどない)。
「ノバ・ボサ~」は、もちろん現在の宝塚の状況をかんがみても明白なように、過去の公演に比べて総体の完成度が高いわけではない。かつてストップモーションの振り付けが各所に炸裂してモダンダンスの(1970年代の)最先端感を見せ付けていた振り付けは、警官のストップモーションが消滅するなど柚希礼音以外関連はほぼ先端感が消滅しており、群舞も前半はただ「斜めに横切っている」風情を見せたり、適当に手踊りしている中堅男役がいたりと緊張感に欠ける。この日マールだった真風涼帆はまだ男役体型になっておらず、でくい感じがしてしまい「オブリガード」の場面の説得力をそいでいる。またピエロも頑張っているがちょっと定型に縛られていて振り切れ感に欠ける。この日マールだった夢乃聖夏も頑張っていてきざり感はまあまあだが、歌の不安定さが耳につく。
なによりベテランで抑制が必要なはずのルーア神父とシスター・マーマが舞台をぶち壊しまくり品格を破壊するのには殺意すら抱かせた。
しかしすべては柚希の存在でそれらの瑕疵が帳消しになる。第6場Bでの、クラブに入る前のストップモーションダンスのとてつもないキレ、若干安定感を犠牲にしてでもパッションを出してくるのが正解な「アマール・アマール」、「盗まれたカルナバル」での台詞のないかっこよさ、「アデーウス・カルナバル」の劇場中が息を呑む無音のソロダンス(静的)~シナーマンの歌唱の前のめり感と大人感の調和…、現在の非常に疲弊した宝塚の中でここまでのショースターが現れたこと、しかも上手さを見せ付けるのでない実直さをもって表現がなされていることに素直に感嘆するしかない。ちょっと大トップと呼んでいい存在になっている。
南米音楽などに関わる人にも、この体感的なルーツ感と大衆演劇としてのショーマンシップの融合をぜひ評価してほしいと思った。
音楽的にはブラジル要素は薄く、ラテン~ファド~タンゴなど「1970年ごろにラテン的と思われた音楽」のまざりものであるし、某南米系楽器奏者のように「宝塚を見るやつの気がしれない」とツイッターで言い放つ正統主義者きどりからは一切評価されないであろうことも知っている(自分でも正直そう思いたくなる公演があるのも事実)が、このショーで感動を体感できる人への共感を私は惜しみません。
ギターの1970年風なエフェクト、ピアノ一発で引っ張るシナーマンの冒頭など音楽スタッフの仕事も評価できる。
あと出演者では、上流階層の令嬢がカルナバルの情熱に操られている感じを、意外なほどのダンスとともに表現した夢咲ねね、野性味たっぷりのブリーザをシャープに演じた白華れみにも極めて高評価をしたい。
限られた状況で中詰め~ラストのデモーニッシュさを出すための勢いを生かす演出をした藤井大介の節制も評価されるべきだと思う。横切る群衆も後半はスピードを上げるなどして勢いを表現していた。
一方芝居は激軽いツンデレもの、な感じで作ったのかもしれないが、(演出小柳奈穂子)、ミラヴォーの原作によることでいい意味で柴田調のコクも出せていることで、劇中劇構造と気楽さのマッチングがありかなり楽しく見られた。今後は小柳は枠を作る努力はしてほしいが、ノバボサの後でこれは大有り。
終了後船橋「寿し道楽」で寿司。うに、ほたてなど135円とは思われない水準で満喫。
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