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2014.01.20

14/1/18と13/1/21-27の日記(コスキン旅行記今さらですが)

1/24(金)新松戸FIREBIRDにて、YOSHIOの単独無伴奏演奏炸裂! El Solitario Nuevo開幕です! 20:15~出演予定ですのでお勤め帰りにもぜひ!

●14/1/17(日)
午前吉祥寺へ出頭。仕事に従事。終了後ささっと「たん熊」の弁当をいただく。

15:00前に新大久保の東大民音OB(1~4期)を中心とする新年会に僭越ながら混ぜていただく。
自分のようなチンピラに先輩方が口を利いていただくことを光栄と思う。

終了後「コチャバンバ」へ行きチラシを設置いただく。
CD「LO MEJOR DEL ORIENTE BOLIVIANO」(Lyra、CD-13798)を購入。ORIENTE系は単一アーティストだと間延び局面が出てくるが、これはコンパクトに名曲はキレよく詰まっていてオススメ。

「まつや」で大もりそばを食べ帰宅。自宅でカキフライ。

※ここで唐突に2013年のコスキン旅行日記を唐突にはりつけます。そろそろコスキンの開催です。
13/1/19-21の日記はこちら

●13/1/21その2
 16:00過ぎに宿(POSADA DEL PADRE PIO)に車で連れて行っていただく。
 宿到着後市街の土地勘養成がてら外出。会場付近~鉄道駅まで歩く。家の門々にプラスティックの椅子を置いて夕涼みしている高齢者が多く、沖縄の離島っぽい雰囲気。ジャカランダっぽい花なども咲いていて、コンクリの劣化の様子もあいまって沖縄感あり。気温もそんな感じ。駅の列車は「観光列車ではない」と記載あり。乗ろうと思ったが朝出発が異常に早く、無理と判断。なお駅で道を聞かれるが知る由もなし。
 コスキンでは最高級らしいCONTINENTAL HOTELのカフェでネットしながら休憩。午後は店が閉まっているといわれていたが大体開いている。各州のブースなどを見学。ミネラルウォーター購入、1リットル1本と500ミリリットル2本で40ペソ。(ただしこれ以降は宿がミネラルウォーターを提供くださる。そちらのほうが美味であった)
  20:00過ぎにまた水溜夫妻に車に乗せていただき、市北部の「RIO COSQUIN」というレストラン(現市長の親族がオーナー)で、事務局から水溜さんに支給された食券で全員食事。
  22:00ごろまで食事(ミラネサ定食、デザートまであるがコーヒーはなし=以下同)をしてから、会場で降ろしていただき、水溜さん所有のチケットでTAKUYA&YOSHIOのみでコスキン鑑賞。
 ・ラウル・バルボーサがシャンゴー・スパシウクと出演していたが、前半あまり受けていなかった。ラウル・バルボーサでも滑ることに慄然。チャマメなどで取り戻してはいたが、想定より客席の熱低し。
 ・0:00ごろ、しょうもないおっさんが歌った挙句にダンスまでし出した。どうも政治的に偉いおっさんの模様で、コスキンの持つ一側面を垣間見るとともに、「レベルが最底辺ではないかも」という淡い期待をする。
 ・フルートのついでにケーナを吹いている人がありえないぐらい下手で、「ここのPAこんな音になるのか」とびびる(実際はそうではなかったが)。
  24:30に水溜夫妻が迎えに来てくださり、宿に送ってもらい宿着、就寝。お湯になりきらないシャワーを浴びたり、「テレビないね」という状況で煮詰まったりしながら26:00すぎに就寝。
●1/22
  5:00すぎに目が覚め日本に業務連絡、散歩。家並は目に入るが風景が目に入らない。朝8:30から食事後、歩いて8分程度のカフェ Confeteria Munichにてコーヒー、ジュースを飲みながらネットにて音楽以外の業務対応、情報収集など。クロワッサンを勧められたが妙にしつこい、それよりオレンジジュース氷ぬきが20ペソと高いが美味。
  宿に戻り11:00に水溜夫妻が迎えに来て、今回司会担当のClaudio Juarez氏(元々大物司会者だが、現在はスタートとエンディングをやっていて後進に道を譲っている。今回は水溜ガブリエル氏の依頼で出馬)と会って市内を歩いた後(パタゴニア地方の演奏グループ・RUBEN PATAGONIAのギター奏者とあいさつ)、楽屋、ステージを含む会場内を見せていただきながら司会および進行の打ち合わせを1時間以上。冒頭で写真コーナーみたいなところに行き「この中で知っているのはいるか」と言われたので数名挙げたところ口頭試問終了、川俣についての説明などをするとともに、エントリー書類の確認も。見学時にラジオ取材が1件、ほとんど司会者が対応。別れ際に本をいただく。
  13時ごろRIO COSQUINへ水溜夫妻に連れて行っていただき、TAKUYA&YOSHIOのみで食券にて昼食(鶏の半身焼き定食)。1時間後に迎えに来てくださり宿へ。
  宿はコスキン川のそばで、河原で練習しようかと思うが、浅瀬にむりやり水着でひたる太い女性の群れなどダルい雰囲気でどうにも音を出すと迷惑そうだったので、宿にて許可をもらって部屋にて練習、マネージャーからスペイン語・英語・日本語(機械翻訳ばりばり)の励ましの手紙をもらう。中庭で「マリアーナ・カジョンみたい」といわれたり、練習中に隣の部屋でオーナーがいきなり友人かだれかに「ケーナやチャランゴを使うフォルクローレもあるんだよ」と電話で力説していたり。練習終了後宿がコーヒーを提供くださる。
  16時にコスキン事務局(1階はペーニャ)にスーツ着用で行き、市長代理、文化局トップ、事務局の方々、日本大使館佐藤一等書記官、コルドバ日本人会の有力者などが会して20分程度会議。スペイン語で行われ、主に文化交流について。その際にみやげ物を配る。
  終了後サナトリウム跡(現在は宿泊施設)を見学し、他の関係者はその後墓参に行ったと推測されるが、TAKUYA&YOSHIOは「演奏の準備をしてほしい」との水溜さんの方針で宿に戻される。
  宿に17:00過ぎに着き、いったん休憩後Confeteria Munichでネットで業務および情報収集をしながら演奏の打ち合わせ。TAKUYAは体調の関係で宿に戻り、YOSHIOのみ市内の靴店でサンダル(ブラジル産95ペソ)の購入をしてから宿に戻り仮眠。
  20:00すぎに水溜夫妻が迎えに来て、自宅へ。パリージャ(焼肉)パーティーだが、鮭の切り身激ウマ。日系人会関連の方々、日本大使館佐藤一等書記官、コルドバのJICAボランティアや交換留学生の方が来る。
 ただし本来日本代表としてここで事前に演奏を披露すべきであったが、TAKUYAがコンディショニングの関係で寸前まで仮眠をとる必要があったため、演奏などはなし、YOSHIOのみ出席し「頑張ります」と連呼。太田貴子さんからの電話を頂戴する。
  22:30に会場へ。会場に入るまでは水溜夫妻にご案内いただくが、楽屋では水溜夫妻の同行なくTAKUYA&YOSHIO単独で。
 楽屋には男性歌手Enrique Espinosa、その伴奏の若手(ギター3人)、マネージャーの女性と一緒。「どこの音楽をやるんだ、フフイ、パタゴニア?」とか詰められて「CANTO POPLAR EN ARGENTINA」と逃げたりする会話および若干のセッションをさせていただく。チャカレラの合わせをしていたので1曲ケーナで入り、どこで音楽を習った?と聴かれ日本と応えるとYOU ARE GAUCHOと言われる。
  23:15ごろ舞台の裏へ。ここでまた水溜夫妻(および日本大使館書記官、コスキン事務局などの関係者)に会うが、以後は演奏終了まで単独で対応。まずPA設定担当者にメンバー構成説明、その後板につきマイクセット+音出しでのPAチェック。その際「本当に2人か? MUCHA SUERTE」と言われる。(本番はさらに別のPAが対応していたもよう)
  23:55~24:20本番(当初2曲予定だったが、アンコール付で3曲)。終了後舞台裏でラジオの取材4、5局。YOSHIOと事務局マルセロ氏で対応したがどう放送されたかは不明。
  24:45ごろ会場を出て水溜家へ戻る。終了後パリージャパーティー出席の方々も戻ってこられたので祝勝会がてら懇談。「今日はすっきり寝れる。ありがとう」と言われて恐縮したり、「あれくらいぎりぎり通じるスペイン語で下手だと日本から来た説得力がある」と言われたり。
  26:30ごろ宿に戻る。宿の番頭格の方から祝福と「レオン・ヒエコには『カリートの歌』とかもっといい曲があるぞ」との指導を受けた後、宿の部屋のドアに宿のオーナーから「YOU ARE WINNER OF COSQUIN TONIGHT」との祝福の手紙が張ってあるのを発見。28:00ごろ就寝。
 ●1/23
  8:30に朝食、朝食時に、宿の方の紹介を受け宿泊の皆様に挨拶し祝福される。
  朝食後Confeteria Munichへ。徒歩で移動中、初めてCERRO PAN DE AZUCAL(ランドマークとなっている山)が見え綺麗だと思ったところ、相方に「おとといからあれあるけど目に入ってなかったんだ。コスキンが君を受け入れたんだよ」と言われる。宿の近所の人に祝福される。
 カフェで業務および情報収集。
  宿にいったん戻り、10:30に水溜夫妻に迎えに来ていただき、バスターミナルでチケットを買って乗るまで御同道くださる。ここで2枚500ペソにて水溜さんから出演DVD購入(1枚300ペソ)。凄く高いし動画掲載もされるが、関係各位への御礼がてら購入。
  11:00にSarmiento社バス(1人25ペソ)にてコルドバへ。PATIO OLMOSというショッピングモールへ。JICAスタッフのIさんと待ち合わせ。イオンモールっぽい中を見学中に3人ほどに祝福される。
  待ち合わせの意思疎通が不完全で、パトリシアさんから電話を受け、Iさんに電話をして13:00すぎに会う。
  コルドバの市街(世界遺産)を歩いて、レストランにて煮込み(ロクロはなかった)、ウミータなどの北部の食事を。レストランでも1人に祝福される。途中で上智大学の交換留学生のUさんと合流し、土産物店などを覗いた後カテドラルを見学。15:40過ぎに別れる。
  16:00近くになって2010年日本代表であるロス・ミドラスのUさんの知り合いのミュージシャン、JOAQUIN GOYA氏と会い、CDショップへ行ってCDを購入後(CDショップではJOAQUIN氏が店員に紹介してくれるが、その特には「知ってるよ」という感じで祝福はなし。ただしチャカレラの曲を選んでいたところ喜ばれた)ご自宅で30分ほど。MACとドラムセットと空調があって犬がいる部屋。2曲演奏する(La Boliviana、La Terecita)
  当初バスで帰る予定でパトリシアさんにもその旨報告していたが、JOAQUIN氏がコスキンの宿まで送ってくれる。19:00ごろ着。「柿の種」が好物とのことなのだが持っていなかったので、土産におかきと梅キャンデーを渡す。「日本で演奏したい」といわれるので「ビザ取得が困難である」との案内をする。
  休憩後20:30ごろ水溜夫婦が迎えに来てくださり、隣町のBiallet Masseのフェスティバルに出演。コスキンに出演する外国の代表(Delegacion)は出演することに2012年からなっているとのこと。
 道をふさいで会場にしている感じで、観客は100人程度。自分の前は女性ボーカルとその伴奏でティーンエイジャーもいるというグループ。本番では3曲+アンコール演奏(LA BOLIVIANA、DANZA DE MAIS MADURO、CARNAVALITO QUEBRADEN~O、肝にかかてぃ)。テレビに出ていたせいかすぐにボードを振ってくれるなどのにわかスター扱いを受ける。MCを自分でやるのが大変だったが頑張る。
 控え室などで農協帽みたいのをかぶったおじさんに「日本は冬なので暑いですってそりゃそうだよな、それでポンチョを脱いだから面白かった」などとベタ芸に対する評価をいただいたりする。
  終了後車で送っていただき、RIO COSQUINで食券にて4人で食事(鶏の半身焼きソースつき定食)。食事中アルゼンチンの美人の産地はどこと聞いたら、ガブリエル氏はドヤ顔で「CORDOBA」と言ってくださった。真相は不明。
  25:00過ぎに会場へ連れて行ってくださり、TAKUYA&YOSHIOのみでいただいたチケットにてコスキン鑑賞。この日のメインのアイドル的男性歌手アベル・ピントスまで見て(TAKUYAは途中で帰る)、27:40ごろ宿着。就寝。
アベル・ピントスだと「TE AMO!」とか絶叫する女子がうるさいが、「EL ANTLIGAL」のアカペラやMCでコスキン観客への敬意も見せる感じであった。
 見ていたところ特に高齢者に話しかけられる。女性歌手がOJOS ASULESをいけてない感じでやっていたところ「お前ケーナ吹いて来い」といわれたりする。事務局のマルセロ氏にも会う。 
 
 ●1/24
  8:30に朝食後Confeteria Munichで業務および情報収集。この日の新聞に載っているのかな、と思ったところ見当たらないのでコーヒーを飲んでいたところ、顔なじみになった店員に自分の写真のページを開いた新聞を見せられ、キオスクで買い占める。その際後ろを通る家族連れに「PERMESSO…DELEGACION DE JAPON!? Felicitaciones!」と機関銃のように言われ握手する。
  10:30までに荷造りし、チェックアウト。宿泊費関連はコスキン事務局扱いとのこと。
  水溜家に行き、寺門さんの提案でTAKUYA&YOSHIOが購入・進呈したPCのセットアップ。お昼を水溜氏宅でいただく(ミラネサ)。
  13:00過ぎに水溜家を出てコルドバ空港へ。市事務局の送りはなし。
  空港でアルゼンチン航空にチェックイン、超過料金450ペソ(2人分)取られる。空港ロビーで夫妻と話した後出発。なおロビーにはUさんとIさん含む見送りの皆さんもいた(Uさんも交換留学期間を終え、同日コルドバからサンチャゴ経由で帰国)。さすがに空港では声をかけられず。
  AR2529は数十分遅延するが夕方ブエノスアイレス・ホルヘニューベリー空港へ着き、現地手配のレミースでヒルトンへ。
  ヒルトン到着後20時ごろにプエルト・マデーロの「HAPPENING」というパリージャ店にて佐藤一等書記官とプライベート会食。2時間程度食事する。
  終了後歩いて宿に戻り、コスキン中継を見ながら今回の総括をしつつ、夜出る元気もなく28時ごろ就寝。ヒルトンはお湯が出まくるのでじゃばじゃば入る。

 アルゼンチンのコスキンなどでのPAは、演奏者のキャラクターを強く出して近代化している感じで、音を丸めがちな日本スタイルに対する明確な対立軸になっていて個人的には好感を持った。

 ●1/25
  朝食後チェックアウト、10:30すぎにホテルが捕まえてくれたラジオタクシーにてアルゼンチン日本文化センターへ。11:15ごろ着。
  そこの非常勤職員の方(日系の方)にアテンドいただき、まず文化センターの紹介、それから12:00出発のコロン劇場見学ツアー(110ペソ、なおアルゼンチン国民は30ペソ)に参加。30分程度。
  その後ペソが尽きたので両替店で100USDほど換金した後「IRIFUNE」という日本料理店で食事、1時間ほど食べる。1人80ペソ程度と結構高いが鮭寿司美味。フロリダ通りの土産店で職員の方と別れたのが14:40ごろ。
  土産店からレティーロ駅近くまで歩き、さらに「BARBARO」というカフェで休憩。テラスの客に声をかけられ祝福される。
  さらに歩いて宿へ戻り、レモン水など飲みながら車を待ち、ホテル手配の送迎サービスで18:00にホテルを出発、エセイサ空港へ。ホテルの運転手に「いつ戻って来るんだ」と祝福される。
  空港で買い物などした(2ペソ足りずまけてもらう)後20:00前にチェックイン、SALA CLUBラウンジで休憩後23:20のカタール航空QR922でドーハへ。日本人の団体と一緒になる。

 ●1/26~27
  1/26ドーハ着、ORYX LOUNGEで1時間半ほど休憩後QR804に乗り換えて1/27夕方成田着。

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