141225-150102の日記(アルゼンチン紀行簡略版少し詳細化)
★15/1/8新松戸Firebirdで飲み放題付き新年会です!アコギの鬼才デュオ6×2とJOSE+YOSHIO共演です。
20時からでもゆっくり楽しめますのでお仕事帰りにぜひどうぞ!
●14/12/25(木)
引き続き熱を出し昏倒しているが、昼過ぎから熱が下がりだす。
昼は船橋東武の「永坂更科」で太いそばを食べて体調良化。ただしサービスはかなり底辺。
19:00過ぎに出発し京成で成田空港第2ターミナルへ。
チェックインをすらすら済ませた後、店が閉まりがちの中電池とかハンカチを購入した後「寿し常」で@3000程度の鮨。そんなに高級ではないが、空港に普段使いレベルの寿司店があるのは好印象。体調をさらに立て直す。
カタール航空QR807は22:20発、さして待たず搭乗。カタール航空はCAの数が多く景気のいい印象。
ドーハまでは11時間程度、機内食2回。
●12/26(金)
ドーハ到着後少々迷って(空港の中の警備兼案内人の数は半端ない。空港は金持ちだな、という感じで大きくてとにかく綺麗)、ORYXラウンジに潜り込んで軽食をしながら仕事。ラウンジはプライオリティパスが使えず有料(@49ドル、たしか)だがオリーブとローストビーフが美味。一応シャワーもついているが風邪持続なので使わず。
仕事を終わらせたあたりで搭乗口に向かう。
QR771は7:45発。だいたい18時間程度。機内食は4回出た。
最初はアルゼンチン音楽のCDを聞いていたが、途中からコーランを聞きまくる。ものすごいアカペラ大会。
サンパウロでのトランジットで熱風にまみれるが2時間程度のブエノスアイレスまでのフライトでディナーが出るのがびっくり。サンパウロでかなり客が入れ替わり、ほぼ満員であった。
とにかく機内食を食べまくる。6回も食べるとバリエーションにも限界があるが、そんなにまずくはない。
前回と異なり20時過ぎに到着、到着後30分程度で荷物を受け取り税関を出るまで済む。ただしBANCO NACIONALが税関を出た後で裏に回って並ぶ、並んだ最中に旅行者もどき風の中年カップルに「ペソと代えない?」とねらいうちで誘われる、など若干疲弊。200ドル程度を公定レートで換える。
その後レミースブースを見失い空港の外に出るが怖い運転手連中が待ち構えていたのでUターンし、案内所に聞いて見つけたTIENDA LEONというレミース(通常はハイヤーを指す)会社のレミースでプエルト・マデーロのヒルトンへ。490ペソ、40分以内で到着。
到着後とにかく体を伸ばしながら休む。
Los NocherosがどこぞのフェスティバルでカルカスのFRIAを熱唱していた。
●12/27(土)
朝は9時ごろから食べる。
連絡を各所にしてから、11:20にヒルトンを出発。想定よりも日差しと湿気がきつい。
JUAN D PERON通りを歩いてからFlorida通りでCAMBIO(両替)と声をかける人をかすめながら通過。
PROMUSICというヤマハっぽい楽器店で「ケーナを見せてくれ」というとフラウタ的なものやピンキージョを見せた挙句にケーナを見せてくるがピッチは狂いまくりなので返して出る。
続いてEL ATENEOという書店でフリオ・コルタサルの写真などを眺める。この書店は落ち着いた雰囲気で座れて空調も効いていたので休憩によかった。
暑いがとにかく歩き続ける。PARAGUAY通りをずっと進みTalcahuano通りに入りひたすらレコレータまで進む。この通りは並木道があって、曲がったところのカフェのたたずまいなどがパリ的だが、その他の通りは全般に埃っぽい。
レコレータに着くが暑くて有名人の墓地訪問を積極的にこなせず手短にすませる。近くのスタバで50ペソもするハーブティーとジュースのミックスを飲んだり、近くの出店を覗く。ケーナを販売している店があったが楽器として使うのはやや厳しい。
レコレータから国立美術館に行く。そこそこの絵もあるが、欧州の美術館と比べるのは酷。最上階の「南米の各国のイメージを写真で示す」という感じの現代美術っぽい展示のほうが面白かった。
さらにFigeroa Alcorta通りを歩き、MALBAまで行く。こちらの企画展であったANTONIO BENINのJUANITO Y RAMONAが非常に面白かった。岡本太郎と棟方志功をつきまぜて現代芸術化を促進した感じで、とにかくキッチュなのに生々しい。
大概疲れたがどうやって帰るか迷いしばらく付近の公園でたたずみ雑な缶の口輪をされた犬の散歩と脱糞を眺めるなどしていたが打つ手がないのでSalguero通りを歩き、途中ジュースとスープを飲みがてら道を確認するために入ったチェーン店(イギリス資本だと思われる)の店員に「130番のコレクティーボに乗って帰れば」と言われるが、さらに歩きScalabrini Ortiz駅まで歩く。
この道はブティックなどもありそこそこ雰囲気があったが、駅のそばは理髪店・美容室が多かった。
駅からCatedralまでD号線に乗る。5ペソ。特に危険なことはなかった。さらに大統領府Casa Rojada(前庭の工事をしていた)のわきを通ってヒルトンに戻ったのは19:05ごろであった。
ここで前回お世話になったS氏と合流させていただき、プエルト・マデーロのHappeningというパリージャの店へ。前菜で腎臓なども食べるが、とにかく肉が美味。
食事後ホテルに戻り、移動の準備。とにかく大量に汗をかいた1日だったが、前回さして歩いていないブエノスアイレスを歩けたのはよかったか。(次回機会があればラジオタクシーやコレクティーボを使い倒すと思いますが)
●12/28(日)
朝7:30から食事。オーダーしてから焼くオムレツがかなり美味だが野菜はない。
朝早いとアジア系の客が多い。
2泊、Aeroparque(国内線空港・ホルヘニューベリー空港というのが正式名称なはずだがそれだと通じにくかった)までのホテルカー込で5298.8ペソ。
空港へ向かいチェックインを早めにすませて、空港内で漫然と過ごしつつコルドバ行きの便を待つ。
AR2524はAustralブランドの運航だが、座席にモニターもあるしほぼ定時に出るのでよい。
12時ごろコルドバ空港に。水溜ご夫妻に出迎えいただく。
まずコルドバ郊外の古いほうの墓地(周辺の治安はよくないので個人で勝手に行けるところではないもよう。夜には麻薬の取引に使われているとの噂すらあり)で水溜家(というか日系人会でのお墓)の墓参した後(墓地前まで車で乗り付ける)、コルドバ日系人会の所有する運動場(サッカー2面取れ、それ以外の空間もあり)および宴会場みたいなところでのパリージャに同席させていただく。とにかく塩のみで味付けされた肉が美味。モルシージャ(血のソーセージ)をご飯ないし肉につけて食べるとよいことを発見。
水溜さんのご一族や玉城勝さんにお目にかかり、話をする。
締めに当地の薬草酒Fernet(後ろのeにアクセント)とコーラを混ぜたものをいただく。腹下しに効くとのことだが、カンパリ的な風味で美味。コルドバ名産とのこと。コルドバは薬草の産地らしい。
だいたい滞在が3時間ていど。みなさん汗もかかない感じだが、冬から来た当方はかなりの発汗を見る。
その後コスキンの水溜氏の家に寄せさせていただき、休憩した後コスキンの街を多少そぞろ歩いてからピザの軽食を食べる。その際にコスキンの派遣事業についての話もする。
コスキンは音楽祭のときほどではないが、地元の方も観光の方もいて結構なにぎわい。店も22時すぎでかなり開いていた。水溜ガブリエルさんはそうとうあいさつをしながらの散歩となった。
軽食後戻って水溜さん宅に泊まらせていただく。
●12/29(月)
朝起きぬけに、自分のドコモで国際通話にせずにアルゼンチンの電話につながることを発見し、前回あったJOAQUIN氏に電話するが現在MISIONESにいるとのことで電話で話すのみとなる。
朝甘めのパンとコーヒーをいただいてから、前回音楽祭のときに司会をしていただいたClaudio Juarez氏とお目にかかる。現在工事中のコスキン会場などを案内いただきながら2時間程度話をする(パトリシア氏がご同行くださる)。Claudio氏もあいさつしまくりで我々を連れまわしていた。
終了後鶏のグリル。塩をつけただけのはずだが非常に美味。
ここまでアルゼンチンの物価高(ミネラルウォーターが15ペソとかで、一部の交通費以外はぜんぜん日本に比べても安くない)によりペソ減りが激しいので、100ドル分のペソを追加調達する。
休憩後コルドバのシェラトンまでお送りいただく。
シェラトンはショッピングセンターの隣だが旧市街(セントロ)とはちょっと距離もあるので、少々休憩してLolaという女性が行方不明になった話などを異常に熱心に報じるテレビなどを眺めながら、夜タクシーをショッピングセンター前で捕まえてセントロへ行く(行きが45ペソ程度、戻りが35ペソ程度)。
目当てのレストランを見つけられず、SIBARIZというイタリア料理店がかなり流行っていたので入る。前菜の焼き野菜は最高だったが、自慢のラビオリやバルサミコ酢などがいま一歩(まずくはないが。どうもアルゼンチンの輸入制限が厳しいため、イタリア料理などの品質に影響ありとか)。2人で520ペソ程度。
タクシーを捕まえてホテルに戻る。ブエノスに戻ったらライブを観ようとか考えるが、主なライブハウスは12/29で終わり。(クリスマス周り、および12/31-1/1はほとんどの美術館・博物館もやっていない。観光名所はあらかた閉まっています)
●12/30(火)
朝ごはんを食べる。ヒルトンよりもさらにメニューは少ないが、フルーツが美味。
1泊、朝食つきで1530ペソと結構良心的な価格であった。
11:00ぐらいにタクシーをまた自分で捕まえ、またカテドラルへ。
コルドバは観光地でもあるとともに、とにかくバス停に群れるような地元の人の人出もすごく、夏の福岡を連想する。
全般に晴れた空のもとの風景は沖縄に酷似している。
カテドラルを見学した後、旅行警察の人に地図をもらう。
旧市街のEDENというCD店で3枚ほどCDを買う(前回より店員にプロフェッショナルさを感じなかった。探す際も「データベースに入力してくれ」という感じ。ただしATENEOなどの書店よりもEDENのほうがCDは安いように見えた)。
その後MUSEO DE LA MEMORIAに行くが閉まっていたので通りの名前で座標軸を確認しながら旧市街を歩く。ボンボやギターで歌っている人が結構いるがレベルはまちまち。
コルドバは旧市街を歩いている限りでは非常に平和な町で、ヨーロッパの旅行的な面白さがあるように思われる。
昼にはやや早いが La Vieja Esquinaという前回お目にかかったI氏のおすすめの店(LONELY PLANETにも載っている)に行く。簡単なスタンド風(席はあるが)で持ち帰りも多い感じ、ロクロは季節がらないのでウミータ(とうもろこしの煮込み粥風)とエンパナーダ、ジュースを食べ2人で100ペソぐらい。エンパナーダ(PICANTE)が特に美味、全般においしい店であった。店員もかなり親切。
さらに少々コルドバ大学の中などを見学してからPatio Olmosに入り(特に収穫はなし。イオンっぽいフードコートが満員。子供用品のスペースが広い)、タクシーでホテルに戻る。(当地ではタクシーと同じ、およびややしのぐ勢いで緑色のレミースが走っているが、これは乗合もありになるらしい。一度誘われるが断る)
シェラトンのロビーでオレンジジュースを飲んで休んでいたところを拾っていただき、空港まで。途中で玉城さんにもう一度会う。
空港で水溜さんと別れる(本当に感謝するしかない)が、飛行機が1時間半程度遅延し、空港内の喫茶スペースで1時間以上時間をつぶす。無料wifiがあったので少しメールチェックなどをする。
アルゼンチン航空でAeroparqueにつき、またLEON TIENDAのレミースでヒルトンまで。173ペソ。
20:45ごろ到着後預けていた荷物を回収しチェックイン、ビジネススペース(日本語が出るPCがあった)でカタール航空のオンラインチェックインをして21:40ごろホテルの前にいたラジオタクシーでIndependenciaの地下鉄駅あたりまで行く。42ペソぐらい。
ここで岩川光氏と合流させていただき、シーファ(中華料理=ここはペルー風だったもよう)の店で食事しながら音楽の話もそこそこに気兼ねない話をさせていただく。スープもおいしかったが、ロモ・サルタードが一番のあたりメニューであった。
店の雰囲気も客の人種の多様さと入れ墨率の高さ、店員の子供が徘徊する様子、自転車(配達用)の古さ、弾き語りの人が無理やり歌っている雰囲気など普段着感満載で興味深かった。とにかく安くて量が多い。
ブエノスの風景話のなかでも「犬の散歩業」(10匹以上連れているケースもあるらしい)が興味深かった。とにかく犬はどこでもやたらといる(しかし人間の空気を読んで邪魔しない)が、猫はみかけない。
岩川氏にラジオタクシーを拾っていただき宿に戻る。帰りは40ペソかからなかった。有難うございました。
●12/31(水)
朝雨気味で嵐もあるかもとの天気予報、しかも大晦日でタクシーは20時には完全に止まるとの情報を入手したので、出発は23:20だが17時にエセイサへ向かうホテルカーを予約。
朝食は9:30ぐらいから食べる。
それまでの間だが、S氏にご案内いただき、カフェ・トルトーニ(行列ができていた。大晦日は観光施設がかなり休むため行き場のない観光客が殺到したか)や雨にけむるせいでヨーロッパ感上がる街並みを眺めたりしたのちベルグラーノ地区でスーパー(荷物をロッカーに入れないと入れない。ロッカーの空きがない場合は待つ必要があるとのこと。レジがかなり遅い)、中華街(鮮魚コーナーが混んでいた。日本風の商品もほとんど台湾製)や、日本映画のロケ場所などを眺める。
日本大使館(アルゼンチン航空と同じビル)の隣がLuna Park(ボクシング【=そういえばナルバレスというTubut出身の名選手が日本選手に負けた報道は多かった】やタンゴ選手権などで著名な会場、最近は政治集会でもよく使われるもよう)ということに気付く。
当地はマスタード強盗が多いようだが、被害者が被害届を出しに来た日本大使館のあるビルの前でさらに被害にあったこともあるそうである(Luna Park周りに若干怪しそうな雰囲気はあった)。今回そのたぐいに遭わなかったことを幸運に思う。
締めに今度は同じプエルト・マデーロの「EL MIRASOL」へ。こちらの肉も美味。ここは特にいもやエンパナーダなどサイドメニューが水準高い。
15:00すぎに宿に戻り、新年パーティー用準備(パーティー用にチェックしていたBGMが芯のない感じのサンポーニャ風の音のシンセのカルナバリートもどき。世界的に一定レベルでのアンデスもどき風の音のニーズはここらへんなのだろうか)をしているのを眺めながらオレンジジュースを飲んで待機。
17時10分前にホテルカーが来て40分ほどで到着。空港の店(どんどん閉まっていく)で土産を購入する。交渉していた店員がタンゴにあわせて鼻歌を歌うのはなにかのサービスなのでしょうか。
旅行中正直日本人を観なかったが(旅行の)、空港まで来るとさすがにいる。どうみても50台以上がほとんど。
アルゼンチンの観光はブエノス以外だとイグアスかパタゴニアのようであるが、そちらには全然興味がないことに改めて気づく。
23:20発だが19:40ごろからチェックインを行っていた。チェックイン後PPで入れるラウンジで2時間弱休んでから出発。
●1/1(木)-2(金)
ドーハではラウンジに入れなかったが(ビジネス優先とのこと)、ベンチで30分程度の待ちでチェックインが始まる。行きよりは時間がかからないが、食事の回数は同じ。
日本行きだから当たり前だが日本人が増えるのが妙な感じ。
17時ごろ成田着、いったん家に荷物を置いてからK氏の仕切りで小規模な船橋飲み会を。
※昨年はお世話になりました。本年も宜しくお願い申し上げます。
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