150522ウニャ・ラモス追悼コンサート(いまさらですが手短に)
自分は諸般の都合で夜の部の12曲目以降しか聞けなかった。
冒頭の「木の道」は、ミスタッチが多く感心しなかった。
「リャマの道」はウニャ・ラモスの曲の中で数少ない学生系フォルクローレ関係者に親和性の高い曲で新進の渡辺大輔氏による演奏であったが、ウニャのまねをしたいのか学生系出身らしいパワーを出すのか不明確だったのは残念。
全般に当然期待値が高い橋本仁氏の演奏よりも、岡田浩安氏のほうが期待値を上回るパフォーマンスだったと思う。(実は同世代の愛好家出身の演奏者として、先行世代をかいくぐりながらのウニャラモス愛を見せる様が共感できたというのもある)
ベストの曲は「火の音楽」、次がアンコールの「名手ウニャ」。
全般にウニャラモスの演奏の魅力として、ケーナでは「激しく音階を無視して抜きまくるが骨格が残る高音」「音程よりも存在感を優先する中低音」があるのではと思っているが、前者よりも後者が出ていなかった印象。
…さんざん憎まれ口を叩いたが、MAYAというフォーマット+α(夜の部は福田大治氏)で演奏したことで、「マニアの追悼イベント」ではなく、前向きな企画色が出たのではないでしょうか。
(ちょっと前だったら各地のマニアが批判を繰り広げた、はず)
今回の企画コンサートをされた皆様に敬意を表します。
打ち上げにもお邪魔し、MAYAから逆流してウニャ・ラモスを聞いたという方の話なども拝聴し、そのような聴き方もあるのか、という印象を抱く。
※私は言うまでもなくウニャ・ラモスに激しく影響されているが、なんとなくそういうと「お前にウニャ・ラモスを語る資格はない」とか言われるウザさも考慮し、特に追悼コンサートなどをやっていません。
ただ新松戸Firebirdなどのハコで、「DON PABLO」を勝負ナンバーとして演奏させていただくなどの日々の活動で、氏への追悼と尊敬を行っているつもりでございます(と自分で言うのもダサいが、言わないと記憶に残されない危険性しかないので、批判覚悟で書きます)。
ウニャ・ラモスの魅力をさまざまいうのもアレですが、「ケーナを定型化することで失われる表現の魅力の宝庫」「プリミティブなアプローチの重要性」「ケーナ奏者の作家性」「メロディ構築能力」など、ヲタ的感性で処理しきれない凄い奏者であったことは明白なので、備忘として書いておく。
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