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2017.08.02

【2017高原骨折日記/骨折後12-14日】20170628-30日記【入院日-入院3日】

※入院中の食事などはリアルタイムでしていたTwitterのpostをご覧ください。(入院中はtwitterの@yoshioquenaのみで情報発信していました)

●6/28(水)
朝準備をバタバタとしてタクシーを呼ぶもののなかなかつながらず、丸十タクシーにつながり9:30ごろ出発。
入院受付で限度額適用認定証の手続きなどについて教わりつつ(健康保険に入っている人はこれをやるかやらないかでえらく金額が変わります。自分はこれのおかげで12万円以上当初の請求より安くなりました)手続き完了。

B棟5階のフロアに行き早速入室。一番端で窓側、同室の人は温和であまり用もなく話しかけるタイプではないという与えられた中では最良の条件。
1分あたり2円弱(冷蔵庫は24時間で300円弱ぐらい)かかるが、テレビも冷蔵庫も使えるようになっていることに、病院の進歩を感じる。(20年以上前今はない西船橋の済生会病院に自然気胸で入院した時は冷蔵庫なし、テレビは自分で持ち込みだった)

隙をみて車いすで移動する。服装は入院着だと気がめいるのでTシャツに半ズボンという「オフの新弟子」風な恰好。

昼を食べてから麻酔科での問診、終了後主治医の説明や呼吸器外科の診察など。後者は既往症について話しているのに「まあ全身麻酔で大丈夫ですね」と雑。

夕食後しばらくまで家族と話などする。家族帰宅後21時に就寝。ちゃんと寝れていなかったので素直に就寝。

●6/29(木)
朝検診、朝食。

麻酔科の担当医とがっちり話したところ「喘息・口が意外と開かない」などの事由によるなるべく全身麻酔を回避する方向で話し、結局その方向で通る。

午前中はシャワー。

テレビを眺めると地上波+NHK衛星(第1とハイビジョン)+時代劇チャンネルがあることが判明。
ただテレビばかり見まくるのもなんなので、唯一持ち込んだ書籍『ボリビア・アンデスの旅』(心交社)を読むなどする。

同書籍はアイマラ系住民の排他性などを強調しているが、「いい教育を受けた人物による、対象と距離を置いて自分の立ち位置を隠さない」旅行記として、1970年代のアンデスを知るという点で読み応えがあった。
(勝手な認識だが、フランスや北欧の文化系の人士に比べ、イギリスの文化系はアンデスの魅力、などに同一化する層が薄いように思われる。この著者も「アンデスへの同一化」のムーブがない。それでいてアルゼンチン経由でボリビアに入り、チパヤを訪問するなどコアな経路をたどっているため、ワクワクする要素が多い。ただし後半のペルー編は薄い)
高田馬場のブックオフで100円で購入したもの。

この本を読むと当時のラパスが異常なまでのグルメ都市に描かれており、訪問したい気分をかきたてるが(それも地方の暮らしの異常なまでの質素さの記述との対比が効いているため)、まずは治してから検討するべき事案。(入院前に一瞬スカイスキャナーで検索したところ、アエロメヒコでメキシコシティー~ボゴタ、ボゴタからアビアンカでラパスという路線で年末年始で14万2000円というチケットがあったが、すぐに21万に跳ね上がっていた)

昼を食べ来てくれた親の対応などする。この日は松葉杖で歩く。
この日の夕食以降は食事ができない。茶などを飲む。

●6/30(金)手術日
朝は7時までにアルジネートウォーター(スポーツドリンクのようなもの)を飲む。あとトイレに行けなくなるのでトイレに複数回行く。

9:00過ぎ、家族立会いのもと運ばれる。その前に点滴を打つが相当打ちにくいもよう。

外科医2人、外科研修医1人(あまり性格がよくない。麻酔後麻酔医に感覚を確認された後また感覚確認をやってきて薄笑いで返答を求めてきたので返答に困っていたところ麻酔医に「そういうのやめてください」とヤキを入れられていた)、麻酔医1人、看護師2人ぐらい。

結局下半身麻酔。麻酔に1時間ぐらいかかって汗まみれになる。下半身に感覚がなくなるけど意識があるのは恐怖体験。
麻酔の効き状況を確認するのに氷を用いるのは、痛覚と似ているからとのこと。ナインハーフごっこではないもよう。

看護師の人が気を利かせて「ご年代的にドリカム好きですね」と言ってドリカムないし同系の音楽が低くかかる状況も恐怖体験。(ドリカム好きの方には申し訳ないですが、1993年ごろドリカム全盛期に札幌に住んでいて、札幌駅のファストフード店でドリカムがかかった際に地元の女子が唱和する恐怖体験以来苦手です)

手術中に医師が話し合いをしたり、人工骨を削る音が聞こえるのも恐怖体験だが、かなり放置されるように感じる時間があり(実際は手術を進めるための待機だと思いますが)、その際に頭の中に「私を忘れないで」で最後キーラ・ナイトレイ演じる役の女性が手術台で死ぬシーンが思い浮かんでこれも相当の恐怖体験。

ただ後半はさすがに疲れて寝てしまう。(無呼吸睡眠っぽい寝方で、いびきで目を覚ます感じ)

結局予定の3時間を超え6時間、ただし麻酔も切れず輸血もなかったのでラッキー。
終了時医師2人と麻酔科医師とまさかのアルゼンチン旅行トーク。終了後運び出された際に「手術後こんなにしっかりした意識の人は珍しい」と言われる。

ベッドに戻るとおむつ、尿カテーテル、背中に麻酔瓶、点滴と動けない状態であることに気づき下がる。
脚には血流用のポンプが通じている。ここまで怪我人という自己規定を回避してきたがどうみても重傷者の手術後。
家族と話すぐらいしかないが無駄に心配させ申し訳ないと思う。

麻酔のおかげで激痛はないが痛み寸前のもだえる感じで眠れず。
消灯まではがんばってテレビをつけて野球の西武戦を眺めるが、菊池投手のコントロールがなかなか定まらない状況と、このもだえる感じがシンクロする。

消灯後もなかなか眠れないが、明け方までに2,3時間は寝たもよう。ポンプを2回ほど外してしまい、警戒音が鳴り響くので看護師を呼んで怒られるというターンを演じる。

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